FC2ブログ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011年4月に東広島市下水道料値上げ方針

時代の流れなのか‥しょうがないことなんだろうか
じわりじわりと生活が苦しくなる‥そんな感じですね。
これでも長期的目線で見ると浄化槽より安いんでしょうね
我が家の団地の集中浄化槽は施設の老朽化によって、10年以内に数百万円規模の大改修が必要らしいです
必要経費とは言え、キビシイッス

[記事:中国新聞]
東広島市下水道料値上げ方針
 東広島市は来年4月から、下水道料金の基本使用量を超えた分の料金を10%値上げする方針を固めた。毎年度10億円を超す事業収支の赤字を解消するのが狙い。9日、市議会定例会の一般質問で、市下水道部が説明した。
 値上げは1995年の30%以来2回目。市中心部の公共下水道は10立方メートルまでの基本料金を1050円に据え置き、超過分を値上げ対象とする。
 市下水道部によると、親子4人のモデル世帯の使用量は月平均30立方メートルで、基本料金を含め3980円から4530円に上がる。
 人口が少ない福富、豊栄町と河内町入野地区の特定環境保全公共下水道は、基本料金、超過料金とも30%値上げする。1365円との基本料金を含め、30立方メートルの場合の料金は5175円となる。
 市の2008年度の下水道事業特別会計は、使用料が柱の収入約22億円に対し、配管の維持、新設などの支出が約32億円。一般質問で、加藤祥一下水道部長は「維持管理費の削減に努める」などと答弁した。


東広島市 モデル世帯の下水道使用量
↑東広島 公共下水道モデル使用料
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201009100032.html(PC外部リンク)
関連記事

河内の巨樹 写真集に収録

河内町内の公民館や図書館だけにしか置かれない非売品の図書のようなので、河内町民以外の方がこの本を見ようと思えば河内支所(元河内町役場)の3Fにある図書館に行かなければならないようです。

[記事:中国新聞]
河内の巨樹 写真集に収録
 東広島市河内町の住民グループ、ラブネイチャーが、町内の巨樹をまとめた写真集を作った。自然の雄大さを子どもたちに伝える目的で始め、調査に約3年をかけた。
 B5判の115ページ。オールカラーで、樹高や幹の太さも測り、44種類81本を収録した。竹林寺のタブノキや小田八幡神社のシラカシのほか個人宅の巨樹も収め、所在地の地図もつけた。
 中学の元理科教師、伊藤孝子さん(77)の呼び掛けに60歳代の教え子たち6人が応えた。1990~1993年に町教委が調査した資料と地元住民の口コミで情報を収集。種類が分からない木は四季を通じて何度も訪ねた。
 非売品で、町内の公民館や市内の図書館で読むことができる。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201008290068.html(PC外部リンク)
関連記事

河内町の発祥公園

春もおすすめ「発祥公園」

河内町の下河内(しもごうち)にある発祥公園は、深山峡の下流の椋梨川沿いにあります。


夏にはリバーサイドフェスティバルの会場となるこの公園は、春の花見スポットとして、地域のみなさんに親しまれています。

発祥公園
↑発祥公園

東広島市内の桜のお花見スポット情報はコチラ



「まな部っく」 引用
関連記事

河内町の鶴亀山

暖帯林の証「鶴亀山の社叢」

河内町入野にある鶴亀山の西の丘に、布多都宮八幡神社(ふたつみやはちまんじんじゃ)という神社があります。

この鶴亀山の社叢(しゃそう)は、アラカシとつる植物が暖帯林の代表的な景観を持つことなどから重要であるとして、広島県の天然記念物に指定されています。


現在では枯れてしまいましたが、境内には広島県で2番目に大きなアベマキの巨樹もありました。

河内町鶴亀山
河内町の鶴亀山



[社叢とは?]
「社叢(しゃそう)」とは【神社の森】を意味していて、森の中に神社を構えている社叢が東広島市内では数多く見られます。
神を祀る神聖な場所として、地域の人々に大切にされてきたこともあり、貴重な植物が生息する場所にもなっています。

「まな部っく」 引用
関連記事

河内町の小野篁(おのたかむら)について

芸州入野の郷に、その頂上より夜々光を放ち、日々紫雲たなびく山があった。

730(天平2)年、行基上人がこの山に登られ、霊光を放っていた桜の大樹を切り、「千住観音尊像」を刻みお堂を建て、「桜山花王寺」と名付けられた。

これが「竹林寺」の始まりである。


当時この山の麓(ふもと)に竹野辺秀識なる人に仕える、八千代という女性があった。

八千代は常にこの寺の御本尊を信仰し千日の参詣を続けていたが、満願の日の夜半お堂の中から童子が現われ五色の玉を彼女に授けた。

やがて八千代は802(延暦21)年の春、男子を出産したが、その子が自ら「吾れはこれ篁(たかむら)なり」と名乗った。

八千代は不思議に思い込みながらよろこんで養育につとめたところ、幼児よりまことに聡明で竹野辺殿にいつくしまれたという。


長じて12才の時、東の平安京(京都)をめざして郷里を出発した。

都での篁はいよいよ勉学に励み学芸、詩歌に優れた有名人となり、関白小野大臣良相の娘と結婚して小野家を継ぎ「小野篁」と号した。


篁は、時の嵯峨(さが)天皇に仕え、参議に登用され、さらに文学博士に任ぜられたという。

又、篁は、非凡の人で昼はこの世で人々のために働き夜は冥途に至って冥官として罪の軽重を裁いたといわれ、852(仁寿2)年、51才の時、京都愛宝寺前で大地を蹴り破り地底に入れられたという。

更に篁は、100年後再びこの世に生まれ僧となって、郷土の当寺(竹林寺)で冥途の十王尊像の内九体を刻み、残り一体は自ら生身の仏となられたという。

その時から寺号も「篁山竹林寺」と改められた。

この物語は、県重要文化財「紙本着色竹林寺縁起絵巻」のあらましである。


河内町河内観光協会(※竹林寺案内板引用)

河内町 小野篁
↑案内看板
関連記事

竹林寺に行きました。

東広島市内の名所を見たいという願望に駆られ、河内町の竹林寺に行ってきました。

道に迷うかな…と思っていましたが、竹林寺周辺にはご丁寧に至る所に「竹林寺入口」の看板があり、迷うことなく車は竹林寺までやってきました。

河内町 竹林寺 入口
↑竹林寺入口

山のてっぺんにある竹林寺は、とても静かで、山の木々は大きく、どことなく神聖な雰囲気をかもしだしていて、設置してある石碑や建物は古さを感じ(中には新しいものもありましたが)、歴史がある寺だと一目でわかりました。

河内町 竹林寺 境内
↑竹林寺境内

河内町 竹林寺 本堂
↑竹林寺本堂

本堂で手を合わせ、今年いまだやっていない「おもみくじ」にチャレンジ!
1人1回50円…嫁さんと2人で100円を払い、さっそくおみくじを開封!!


俺は「
嫁は「大吉


ここ数年「大吉」にめぐり合えない俺ではありますが、これも何かの思し召し…
「大吉」を引いてハシャぐ嫁を軽くあしらい、自分のおみくじの内容を心に刻み、竹林寺本堂を見つめて…

次回こそ大吉でありますように…

…と、密かにお願いして竹林寺境内をまわりました。


河内町 竹林寺 護摩堂
↑護摩堂

河内町 竹林寺 十王堂
↑十王堂 堂内(正面は木造山神坐像)

竹林寺から見た河内町市街地
↑小さく見える町並みが河内町市街地


→ 竹林寺についての別記事についてはコチラ
→ 竹林寺縁起絵巻の別記事についてはコチラ
→ 小野篁の別記事についてはコチラ
関連記事

河内町の竹林寺縁起絵巻

小野篁伝説「竹林寺縁起絵巻」

広島県の重要文化財に指定されている、漢文調の詞書(ことばがき)と絵を交互に書いた長い巻物で、竹林寺の由来と小野篁(おのたかむら)の一生をまとめた物語となっています。

この絵巻には、小野篁が生まれてから京都で優れた才芸を発揮し、ついには参議という高い位に昇ったことが書かれています。


また、物語の中での小野篁は地獄の冥官(みょうかん)でもあり、妻の父を地獄から生き返らせたという逸話が描かれています。

絵巻の最後では十王像の中に、小野篁の化身が1体入り込んでいるとされており、実際にある竹林寺の木造十王尊坐像には、この小野篁が作ったものとされています。

木造十王尊坐像は、木造地蔵菩薩坐像、木造山神坐像を中心にして両側へ安置してあります。

有名な閻魔王をはじめ秦廣王(しんこうおう)、初江王(しょこうおう)、宗帝王(そうたいおう)、五官王(ごかんおう)、変城王(へんじょうおう)、泰山王(たいざんおう)、平等王(びょうどうおう)、都市王(としおう)、五道転輪王(ごどうてんりんおう)があります。

竹林寺縁起絵巻
↑竹林寺縁起絵巻

河内町 竹林寺 十王堂
↑木造山神坐像(2010.02.21追加)

竹林寺縁起(2010.02.21撮影)
↑竹林寺縁起(2010.02.21追加)

>>その他竹林寺画像はコチラ<<



「まな部っく」 引用
関連記事

河内町のリバーサイドフェスティバル

絶品の鮎、召し上がれ「リバーサイドフェスティバル」

月の最終日曜日に椋梨川河川敷で開かれる祭りです。

鮎のつかみ取りが目玉のこのイベントは、毎年何千人もの人出でにぎわう河内町最大のイベントです。

鮎焼広場では、つかみ取りした鮎を串焼きにして食べることができます。

前日の夜に開催される「河内ゆかた祭り」とともに、夏の風物詩となっています。


開催場所:河内市民グラウンド及び椋梨川河川敷



「まな部っく」 引用
関連記事

河内町の竹林寺

厳やかにたたずむ真言宗寺院「竹林寺」

標高533mの篁山(たかむらやま)の頂上近くにある真言宗の寺院で、本尊は千手観音です。

本堂・十王堂・護摩堂など貴重な重要文化財があります。

竹林寺縁起絵巻などによると、730(天平2)年に僧・行基によって建てられたと伝わっています。

820(弘仁11)年に小野篁(おのたかむら)が当時の嵯峨(さが)天皇に申し上げてたくさんの建物ができました。

951(天暦5)年、小野篁との関係にちなんで篁山竹林寺と改めたといいます。


本堂は重要文化財に、紙本著色(しほんちゃくしょく)竹林寺縁起絵巻と木造地蔵菩薩半跏(はんか)像は県重要文化財に指定されています。

本堂は1987(昭和62)年から行われた解体修理寺に、1511(永正8)年に建てられたことがわかりました。

木造地蔵菩薩半跏像はヒノキ材を使った寄木造の漆塗りのもので、1338(建武5)年につくられました。

河内町の竹林寺
↑篁山の竹林寺

>>竹林寺その他画像はコチラ<<

「まな部っく」 引用
関連記事

河内町の深山峡

安芸の耶馬渓「深山峡」

どんどん淵から椋梨川を下り、椋梨ダムを過ぎると、河内町の深山峡につきます。

竹林寺用倉山県立自然公園内にある総延長約4kmの渓谷で、渓谷沿いには夫婦岩や猿山などの奇岩や姫ヶ滝などがあります。

かつて、江戸時代の儒者・頼山陽(らいざんよう)が「安芸の耶馬渓(やばけい)」と絶賛したと伝えられています。

また、深山峡にそびえたつ夫婦岩の下には石造りの洋風建築物があります。

これは中国電力㈱の「深山変電所本館」です。

1918(大正7)年に椋梨川発電所として建てられたこの建物は2007(平成19)年に「国登録有形文化財」に登録されています。

河内町の深山峡
↑深山峡



「まな部っく」 引用
関連記事
NEXT≫
トータルアクセス数
プロフィール
プロフ画像用03
名前:悠太郎 住所:東広島市
イチオシ!悠太郎のイラスト集
お子ちゃま奮闘記 家事手伝い編
お子ちゃま奮闘記 嫁さんの通院記録
東広島・竹原のグルメ、ショッピング、暮らしに役立つ情報満載のポータルサイト ジモ通
ユーザータグ
カテゴリ
最新コメント
リンク
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
地域情報
1543位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
中国地方
105位
アクセスランキングを見る>>
FC2アクセスランキング
FC2拍手ランキング
月別アーカイブ
最新トラックバック
ランキングバナー
ブログ内検索フォーム
いろいろ検索してみてね(笑)
ヴィレッジヴァンガード
pixivやってますww
ヘタクソなイラストを描いてます
各ランキングに参加中
心優しい方「応援ポチッ」お願いします
「Ctrlキー」+「クリック」すると‥
人気ブログランキングへ
オススメ
広告 【悠太郎イチオシ】
広告 【ファッション】
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。